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【ねじの基本】 ねじの歴史

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今の時代、ねじはどこにでもありふれていて、注目して考えたり見たりする機会はないですよね。

けれど私たちの周りにあるモノを見ると、必ずねじが使用されていると言っても過言ではないのです。

日本の代表的産業 自動車・ゲーム機、 近年急速に普及したスマートフォン(携帯電話)、パソコンやテレビ、生活に不可欠な家電など、ねじが使われていないモノを探すほうが難しいぐらいです。

これだけ技術が発達した現在でもモノとモノを繋ぎ、さらにゆるめることもできるねじに取って変わるものは発明されていないのです。

では、ねじがいつの時代にどこでどのように発明されたかを紐解いていきましょう。

 

○ねじの始まり


 

2000年以上前から存在?

紀元前280年頃にはアルキメデスの揚水ポンプにねじの原理が使われていたそうです。

傾斜した筒の中のらせん状のスクリューを回転させて連続的に水をくみあげる木製のポンプで、船底にたまった

水をくみ出したり、古代エジプトでは水位の低いナイル川の水をくみあげるために使われたということです。

 

レオナルド・ダ・ヴィンチとねじの関係

レオナルド・ダ・ヴィンチ(1452年~1519年)が残したノートの中にタップダイスによるねじの加工原理がスケッチされています。これがねじを締結用として利用した最古の記録となっているそうです。

 

○日本の歴史


 

鉄砲伝来とねじ

1543年の種子島においての鉄砲伝来が日本人とねじとの初めての出会いであったと言われています。

種子島に南蛮船(あるいは中国船)が漂着し、買い上げた火縄銃にねじが使われていました。

 

 

 

 

日本の近代化と1本のねじ

遺米使節団として世界一周をした小栗上野介が、ワシントンの造船所の技術を間近で見て、驚きます。

日本の技術、いってみれば国力が、欧米のそれに到底及ばないことを悟り、「こういうものをどんどんつくれる国にしたい」と思いその際に、持ち帰ったのが1本のねじだったそうです。

そして帰国後、横須賀製鉄所着工に尽力してから造船所の建設に携わり、鉄道、新聞、ホテルに株式会社と近代化の礎を築いたそうです。つまり小栗上野介が日本の近代化と工業化の先駆者といっても過言ではなく、アメリカから持ち帰った「ねじ1本」が日本の近代化を後押ししたと言えます。

 

 

 

 

 

 

・小栗上野介が持ち帰ったねじ

"産業の塩"

日本の高度経済成長を支えたねじは"産業の塩"と呼ばれているのをご存知でしょうか。

地味で目立たないですが、産業になくてはならないものと言われその重要性から"産業の塩"と称されています。

ねじはモノとモノを繋げる役割がありますが、ねじによってモノが作られ、モノを介して人と人は繋がります。紀元前からの知恵が現在まで繋がり、産業を支えているのです。

 

 

 ねじに関する疑問やお困り事がございましたらお気軽に問い合わせください。

 

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